そのあいだに、灯る — 救急と在宅の現場から — |第1話
いつもの訪問診療の日に
おうちで過ごす毎日の中には、
「今日はいつも通りでいいのかな」
「何かあったら、どうしよう」
そんな小さな迷いが生まれる瞬間があります。
大きな出来事ではなくても、
そのあいだに交わされる言葉や、
そっと決まる選択が、
人の気持ちを少し楽にしてくれることがあります。
このシリーズでは、
在宅医療の現場で出会った、
そんな日々の一場面を綴っていきます。
■ 「今日は、いつも通りですね」
その日は、特別な予定のない、
いつもの訪問診療の日でした。
玄関を開けると、
ご家族が「今日は落ち着いています」と声をかけてくださり、
患者さんもベッドの上で穏やかな表情をされていました。
血圧や脈、呼吸の様子も、
大きな変化はありません。
医療的には「安定している」と言える状態です。
診察を終え、少し雑談をしていたとき、
ご家族がぽつりと、こんな言葉を口にされました。
「昼間はいいんですけど、
夜になると、ちょっと不安になるんです」
■ 数字には出ない、不安
詳しくお話を伺うと、
・夜中に何度も様子を見に起きてしまう
・少し息づかいが変わると、心配になる
・救急車を呼ぶほどではない気がして、毎回迷う
どれも、検査や数値には表れません。
けれど在宅で生活する中では、
とても自然で、切実な気持ちです。
私はこのような状態を、
「まだ大丈夫」と
「そろそろ支えが必要かもしれない」
そのあいだにある時間だと感じています。
■ 何も起きていない日に、話しておくこと
その日の訪問では、
新しいお薬を始めたわけでも、
点滴をしたわけでもありません。
代わりに、こんなお話をしました。
・夜に少し苦しそうなとき、まず何を見ればいいか
・どんな変化があれば、連絡してほしいか
・もし自宅での対応が難しくなったら、どうするか
「今は大丈夫なとき」に、
先のことを一緒に整理しておく。
それだけで、ご家族の表情が
少し和らいだのが分かりました。
帰り際、
「今日 話を聞けて、安心しました」
そう言っていただけたことで、こちらも安心しました。
■ 在宅医療は、特別なことをする医療ではありません
在宅医療というと、
「重症になってから」
「いよいよ最後の段階で」
というイメージを持たれることもあります。
けれど実際には、
こうした“何も起きていない日”の積み重ねが、
在宅医療の大切な役割だと感じています。
不安が大きくなる前に、
迷いを一人で抱え込む前に、
一緒に考えておく。
それが、
「いつもの日」を続けていく力になることがあります。
在宅での医療は、
特別なことをする時間よりも、
「いつもの日」を安心して過ごせることが、
何より大切だと感じています。
はっきりと答えが出る前の、
そのあいだにある時間に、
今日も静かに、小さな灯がともっています。
